名古屋地方裁判所 昭和41年(ヨ)1569号 判決 1969年1月27日
申請人 鵜飼善壱
<ほか二名>
右申請人ら訴訟代理人弁護士 阪本貞一
同 加藤恭一
被申請人 三英運輸株式会社
右代表者代表取締役 後藤忠男
右訴訟代理人弁護士 木村信雄
主文
一、申請人らの申請はいずれもこれを却下する。
二、訴訟費用は申請人らの負担とする。
事実
第一、申請人らの申立
一、申請人らが被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定める。
二、被申請人は、昭和四一年六月一日以降毎月末日限り申請人鵜飼善壱に対し金四六、五〇八円、同工藤国紘に対し金五〇、二六九円、同山谷勝雄に対し金四七、二八二円を支払え。
三、訴訟費用は被申請人の負担とする。
≪以下事実省略≫
理由
一、申請人らがかねてから被申請人の従業員で稲沢営業所に生コン輸送車の運転手として勤務していたこと、および被申請人が昭和四一年五月三一日付申請人らに対し解雇する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、申請人らは、右被申請人のなした解雇の意思表示が、申請人らの正当な組合活動を嫌悪し申請人らの属する組合である全国自動車運輸労働組合東海地区生コン支部稲沢分会を潰滅すべくなされた不当労働行為である旨主張するので、まずこの点について審按するに、≪証拠省略≫ならびに当事者間に争いのない事実を綜合すると次の事実が認められる。
すなわち、被申請人稲沢営業所は、昭和三五年四月申請外野沢石綿セメントが、その名古屋工場(稲沢市下津町所在)で生コンクリートの製造販売を開始するとともに、その製品の運搬業務を請負うべく開設操業され、同年一〇月頃からは、いわゆる生コン輸送車三〇輛を擁し、その事業を行なってきたが、昭和三八年春頃になって右営業所の従業員とりわけ運転手の中に被申請人の賃金、労働時間などその労働条件が同業他社より低いとし、これを不満とする者が現われ、その頃たまたま全国自動車運輸労働組合の関係者が営業所附近でビラを配布するなど組合活動についての啓蒙をなしたりしたこともあって、同年四月末稲沢営業所内に全国自動車運輸労働組合東海地区生コン支部稲沢分会が結成された。結成当時右分会に加入した運転手従業員は約二〇数名を数え、分会長に申請人鵜飼が就任した。右分会の結成直後被申請人稲沢営業所長坂野正行はたまたま終業後帰路をともにした申請人鵜飼を稲沢市内の寿司屋に誘った際、同人に対し分会を上部団体たる全自運から脱退せしめ、企業内組合とするようすすめたことがあり、また同年五月頃、被申請人がその従業員のため一宮市内の料理屋に酒席を設けた際、坂野正行が、被申請人代表者後藤忠男同席のうえその頃多数の者が分会から脱退したことをとらえ、右のような脱退を歓迎する趣旨の発言をなしたことがあった。その後同年一二月の年末交渉の結果、被申請人は従業員に年末年始の有給休暇を附与した。また被申請人は年末交渉により妥結し、昭和三九年二月二六日から従業員の労働時間を拘束八時間の実働七時間とする旨組合と協定を締結しながら、翌年二月に入っても、その頃分会員が減少し組合の勢力が弱化したこともあって、右協定内容を実施するに至らず、この問題に関する分会ないしその上部団体からの再三にわたる団交要求を拒否した。さらに、また被申請人は昭和四〇年夏から秋にかけて、分会員の夏季手当などに関する分会およびその上部団体からの団交要求に対し、要求書を開封しないまま送り返すなどの態度で団交に応じないこともあった。
三、しかしながら、被申請人が、昭和三八年以後本件申請人らに対する解雇の意思表示までの間に、非組合員を分会員と区別し、その賃金体系を有利に設定し、あるいは分会員に対し金品を贈与し、もしくは組合からの脱退を慫慂し、非組合員についてのみ給料の前貸について便宜を図るなど前認定のほかことさら申請人らの組合活動に介入干渉したとの申請人ら主張の事実は、この点に関する申請人本人鵜飼善壱尋問の結果部分はたやすく信用できず、その他これを認めるに足りる証拠はない。却って≪証拠省略≫によればたとえば賃金体系については分会の要求どおりの体系にあらためた後従前の体系で支給してくれと切望するものがあったのでこれらの者に対しては従来の賃金体系により賃金を支給したことはあったものの組合員かどうかによって差別したことはなく給料の前貸にしても組合員かどうかで差別したことはなかったことが肯認できる。
四、しかして≪証拠省略≫によれば、被申請人は稲沢営業所開設以来、毎年その営業成績の思わしくないのを苦慮していた矢先き、昭和三六年五月以降関西方面において野沢石綿と取引きの深かった申請外藤原運輸が野沢石綿名古屋工場の生コン輸送に参加したこともあって、その受注量が減少し、そのうえその運賃の値上げについて野沢石綿との交渉が不調に終り、昭和三八年以降その単価を据置いたまま輸送業務を請負っていたこと、稲沢営業所における生コン輸送業務の受注量の減少にともない昭和四〇年秋頃から運転手数名が恒常的に被申請人の他の営業所に出向し就業していたこと、昭和四一年四月一日、前記野沢石綿が申請外住友セメントに合併され、従前野沢石綿名古屋工場で行なわれていた生コンクリートの製造販売業務が右住友セメント系列下の中協生コンに移管され、同月一日以降従前の輸送業務の全ては一括して前記藤原運輸が担当することになり、これに伴ない被申請人は右藤原運輸の下請としてこれを更に請負うに至ったこと、しかしながら右藤原運輸の下請を二箇月継続したものの採算割れがひどく赤字は増加するばかりであったので被申請人はやむを得ずその所有の生コン輸送車一五輛を譲渡し従業員全員を従来と同様の労働条件で藤原運輸に再就職できるように右会社の諒解を得たうえ稲沢営業所を閉鎖するに至ったことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
五、そうすると被申請人が申請人らの組合活動を好まずこれに干渉したり団交拒否をしたりしたことは前記認定のとおりであるが右干渉は昭和三九年以前のことであり、被申請人が稲沢営業所を閉鎖しその従業員を解雇するについて経営合理化上やむを得ない事情が存すること前示認定のとおりであることからすれば昭和四一年五月三一日付なされた申請人らに対する前記解雇の意思表示が申請人ら主張のように申請人らの組合活動を嫌悪し組合潰滅の意図に出たものと推断することは著しく困難であるから申請人らの不当労働行為の主張は結局排斥を免れない。もっとも≪証拠省略≫によれば、申請人らは、被申請人が申請人らを含む全従業員(当時二二名その内組合員は約五名)を解雇した直後である昭和四一年六月四日に申請外北村ら五名のものを本社で再採用する旨通知したこと及び同年七月二七日に再び三名の者を本社に再採用したことは認められるが、前掲各証拠によれば、一次の再採用を通知した者は従来から稲沢営業所が過員状態であったので空見町営業所へ継続して応援に行っていたものを本社で再採用しようとしたものであるところ、これらの者から拒絶され、ついで二次採用はこれら拒絶者を含む七名の者の要望があったため本社及び空見営業所がそのころ欠員が生じていたので最終的に申出をした三名全部を再採用したのであることが認められる(≪証拠判断省略≫)から右再採用の経過に照らし申請人らを組合員であるが故にことさら再採用者から除外したと認めることは困難である。したがって右再採用の事実から直ちに申請人らが主張するように非組合員のみを再雇用する意図を有しながらこれを秘して申請人ら組合員のみを解雇する手段として営業所閉鎖を偽装したものと速断することは到底できない。
六、さらに申請人らは本件解雇は権利の濫用であると主張しているが被申請人の稲沢営業所の閉鎖について合理的な事由が存したことは既に判示のとおりであり、稲沢営業所閉鎖に当って被申請人がその経営する他の営業所に配転できなかった運転手従業員のため藤原運輸でほぼ同じ労働条件で引続き就労できるよう手配したことおよび再採用者の選定につきことさら不合理不公平な取扱いがなされたとは認められないことは先に認定したとおりであるから、これら事実からすれば被申請人のした本件解雇は使用者として已むを得ない措置であったと云うべく申請人の全立証によるも本件解雇が権利の濫用であることを推認せしむべき事実は認め難く申請人らの右主張は結局排斥を免れない。
七、してみれば本件解雇の意思表示は有効であるからその無効を前提とする申請人らの主張は、その余について判断するまでもなく全て理由がないことに帰する。
よって申請人らの申請を却下し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西川力一 裁判官 松本武 鬼頭史郎)